開発ノート

一番時間をかけた機能を、なぜ削除したのか——個人開発と引き算の話

一番時間をかけた機能を、なぜ削除したのか——個人開発と引き算の話

個人開発で機能を削除するというのは、書くよりずっと難しい決断です。とくに、それが自分の一番の自信作なら。

2026年6月13日、私はHiroi(拾い)から「音声通訳モード」を消しました。会議の相手の言葉を翻訳して、そのままイヤホンに声で読み上げる——まるで隣に通訳者が座っているような機能です。半年の開発期間で、どの機能よりも長い時間をかけたのが、これでした。それを、自分で消しました。

ここでは、その「機能を削る」という決断を、できるだけ正直に振り返ります。同じように一人でプロダクトをつくっている人に、少しでも役に立てばと思って。

それは「声で通訳する」機能だった

最初のHiroiの目玉は、まさにこの音声通訳でした。

相手が日本語で話す。アプリがそれを英語に訳す。そして合成音声が、あなたのイヤホンに英語で囁く。逆も同じ。理屈のうえでは、耳にプロの同時通訳を一人雇うようなものです。デモは魔法みたいに見えたし、私はこれがHiroiを選ぶ理由になると信じていました。

だからこそ、いちばん手をかけました。音声の遅延、声質、割り込みのタイミング、聞き取りと読み上げが重ならないようにする制御——細部を何週間も磨きました。愛着という意味では、間違いなく「一番の機能」でした。

なぜ削除したのか——3つの正直な理由

それでも消したのには、3つの理由があります。どれも、認めるのは少し苦しいものでした。

1. コモディティ化した。 開発している間に、AppleとGoogleが、まさに同じこと——ライブの音声翻訳——をOSレベルで出し始めました。彼らのやり方は合理的だし、正直、方向性が正しかったという意味では励みにもなりました。ただ、無料でOSに載るものを、個人開発のアプリの「選ぶ理由」にはできません。もう、競うべき土俵ではなくなっていたのです。

2. コア体験を、むしろ壊していた。 これが一番効きました。声の出力は、実はライブ字幕と喧嘩していたんです。読み上げが走っている間、画面の文字起こしはテンポを乱し、遅れ、ユーザーの注意は「聞く」と「読む」に引き裂かれる。看板機能が、本当に大事な体験——目で追えるライブ字幕——の足を引っ張っていた。

3. コストと複雑さの塊だった。 音声通訳は、アプリ全体でいちばんの技術的負債でもありました。処理も、料金も、バグの温床も、ここに集中していた。たった一つの機能のために、プロダクト全体が重くなっていたのです。

消して初めて、プロダクトが一文になった

削除ボタンを押した日、不思議なことが起きました。Hiroiが何なのか、一文で言えるようになったんです。

「翻訳して、学ぶ」。それだけ。

音声という枝を落とした瞬間、幹が見えました。Hiroiの本当の差別化は、通訳の声ではなく、拾う → 学ぶ → また出会うというループのほうだったんです。会議で流れていった一言を拾い、間隔反復で覚え、次の会議で「あ、これ勉強したやつだ」と再会する。ここは誰も無料では埋めてくれない。ここでこそ勝てる。

音声を残していたら、私はずっと、勝てない土俵の掃除に時間を使い続けていたはずです。

引き算という技術——個人開発者へ

この経験から学んだのは、「引き算」は足し算より高度な技術だ、ということです。プロダクトづくりは、機能を足す作業だと思われがちですが、実際には引き算の連続の決断でした。

サンクコストは、本の中の概念じゃなく、実際に胸が痛みます。一番時間をかけたもの、一番自信のあるものほど、手放すのはつらい。でも、判断の基準はシンプルでした——その機能が「選ぶ理由」になっていないなら、それは「集中を奪う理由」になっている

自分の最高傑作を消した日は、あの半年でいちばん生産的な一日でした。何も新しく書いていないのに、です。

もし今、削るか迷っている機能があるなら、こう問いかけてみてください。「これは、ユーザーがこのアプリを選ぶ理由になっているか?」——なっていないなら、それはもう、あなたの焦点をぼかしているだけかもしれません。

(この判断に至るまでの背景は、英語の会議についていけない問題と、翻訳が無料でも、学習は残るという2本にも書いています。)

Hiroi は「翻訳して、学ぶ」だけのアプリになった

いま、Hiroiにできることはシンプルです。日本語・英語・中国語をその場でライブ字幕にして、残したい言葉を拾い、間隔反復で学ぶ。声で通訳はしません。そのぶん、字幕は速く、静かで、迷いがありません。

音声は録音しません。文字起こしも学習デッキも、端末の中だけ。サブスクもなく、最初の1時間は無料、あとは使うぶんだけの時間パックです。日本発の、一人でつくっているアプリです。

もし覗いてみたくなったら、hiroi.app と X(@hiroi_app)に置いています。

一番の自信作を手放せた日から、プロダクトはやっと軽くなりました。削ることも、つくることの一部でした。

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